今回の展示を通じて、みなさんにどのようなことを知っていただきたいですか。
日本における漆器という産業、そしてその原料である国産漆の現状について知っていただきたいです。
漆の木というものは基本的に人が手をかけてあげないと育たない植物です。それが縄文時代から現代まで続いているというのは、日本人がそれだけの長い間、大事にしながら次の世代にバトンタッチしてきたからこそです。しかし、現在、漆の国内自給率は僅か2%になってしまっています。9,000年続いてきたものが、僅か100年足らずでなくなろうとしていることに危機感をもっています。
さらに、その製品ということに目を向けてみても、本来「木と漆」でつくられたものを漆器と呼ぶはずですが、現在ではプラスチックの素地に化学塗装をした石油を原料とした製品も漆器のような顔をして売られてしまっている現状があります。でも、僕は、本来の漆器には日本人が大切にしてきた食の基本を取り戻してくれる力があると信じています。
そこで、漆器本来のもっている魅力を引き出し、「漆器とは何か」をもう一度きちんと伝え直していくために「めぐる」という商品を企画・販売しています。
「めぐる」はどのような商品ですか?
僕が思う漆器の一番の良さは「やさしさ」だと思っています。手にもったときの肌触りや口当たりの良さ、机に置いたときの音、森から生まれる素材を使った器なのでやさしいのですよね。
そのやさしさを最大限活かした器をつくろうと思い、ダイアログ・イン・ザ・ダークという暗闇の体験型プログラムで活躍する「目を使わずに生きる女性たち」の感性を取り入れて商品開発しました。触覚に優れた女性たちと会津漆器の職人さんたちがコラボレーションし、何度も試作と改良を重ねて、「水平」と「日月」という2つのかたちが生まれました。
この三つ組みにも意味があって、一汁一菜のお椀なのです。ごはんと具だくさんの汁物、ちょっとした小鉢です。日本人は基本的には一汁一菜でいいのですよね。たくさんのおかずがなくていいし、少し丁寧におだしをひいたり、いい味噌で汁をつくる。シンプルを丁寧にやる。日本人の食べることの基本の一揃いです。
「めぐる」を通じて、次の世代につなぐ取り組みを教えてください。
国産漆をきちんと守らないといけないと話しましたが、現在98%は海外産の漆で、そのほとんどが中国産に頼っているという現状です。でも、国産漆はさらさらで透明度が高く、かっちり固まる上質さがあります。それをもう一度見直して、次の世代に残していきたいと思い、この商品の上塗りは国産漆で仕上げています。国産漆の良さを啓蒙しながら、現状も伝えています。
さらにこの商品を買っていただくと、会津で行っている漆の植栽活動に600円が寄付される仕組みとなっています。600円で漆の苗1本が会津に植わり、漆の林を再生しています。漆が採れるようになるまで約15年かかりますが、漆器の塗り直しもちょうど15年くらいです。「めぐる」はお客さんに応援していただいて育てた漆で塗り直しをお受けすることを目指しています。そして、その塗り直しの仕事は産地の職人さんたちの将来の仕事づくりにつながっていきます。つくり手と使い手が繋がりながら、みんなでいいものを守り育てていく循環をつくっていくから「めぐる」なのです。
この活動をはばむものは何でしょうか?
はばむものというよりも、私たちが活動を通して打ち破っていきたいものは大量消費社会のなかにいる私たちの価値観そのものです。
行き過ぎた資本主義、そして経済合理性の名の下に、すべてに対して「早く・安く・便利に」を求めてしまう世のなかで、私たち自身がなくしてきたものが、きょう集まっているような工芸や手仕事だと思います。
本当にそれでいいのか。売る方も買う方も目先の利益や安さを優先させるだけでいいのか、その価値観を変える投げかけをしていくのがミッションです。
3.11の東日本大震災があって、便利さの裏にある危うさにはみんなが少しずつ気付きはじめています。安いものを使い捨てではなく、いいものを長く使いたいという人も増えています。そういう本質的なニーズのなかに漆器を乗せて届けていくことが大事だと思っています。
今後はどのような展開をお考えですか?
暮らしや生き方の価値観を変えようという動きは、日本だけではなく世界もそうなってきていると思うのですね。現代社会は物質的に豊かになったけれども、人間自身は気ぜわしく、生物としての矛盾を抱えています。そんな現代の生きづらさを少し緩和してくれるのが、実は漆の器なのですよね。
暮らしの基本である食べるという行為を丁寧にして、いいものを自分の手で育てていきながら次世代に繋げていく。そんな漆器をもう一度、海外にも提案していけないかなと考えています。
その文脈で漆器というものをもう一度世界の人に知ってもらえたら、日本の見方がもっと深くなるのではないかと思います。そういうところに挑戦できるといいなと思いますね。
2016年12月13日、絶滅危惧の素材と道具「NEXT100年」にて。
文:いしまるあきこ
写真:大隅圭介