青木芳昭先生(京都造形芸術大学芸術学部美術工芸学科教授)インタビュー

「絶滅危惧の素材と道具」プロジェクトでは、絶滅しつつある工芸の素材や道具の問題に向き合っています。今年、2回目となるテーマは「NEXT100年」。課題解決に向けて努力する「ひと」、優れた取り組みを推進する「機関」、次世代に伝えたい「ほんもの」素材を紹介します。
工芸の伝統的な素材の研究を重ねてこられた青木先生は、このプロジェクトに深く関わっています。絶滅寸前の素材をめぐる状況や動きについて、お話を伺いました。

aoki_01昨年、1回目の「絶滅危惧の素材と道具」のプロジェクトが終わってから、何か動きはございましたか。

京都・丹波の猟師さんに、肉を取り除いた後の鹿革を提供してもらい、その毛をつかって筆や刷毛をつくり出す方向性を導き、またその革から、日本画用と絵画の保存修復につかうことができる膠をつくり出しました。予想以上に質のいい膠ができました。

今年の1月からは、その膠をつかい墨をつくって寝かせており、1年後にそれらを使用してワークショップをする計画を立てています。

革を煮れば膠らしきものはできるけれども、産業として成り立たせるには、それを取り巻く人々の協力が不可欠です。膠の素材の提供者や、それを扱う職人さんたちと一緒にプロジェクトを進めることが大切だと感じました。

2010年に日本製の膠は絶滅してしまったそうですね。

膠の代替品として現行の合成素材を使用することは現段階では難しいことです。それを復刻しない限り、日本の伝統的な技術は進まない状況にあります。しかし、なくなったにもかかわらず、どの企業も手を出さない。なぜかといえば、採算がとれないからです。

いま日本には、鹿や猪などの害獣が増えています。たとえばそれらの害獣について、肉は動物園に餌として寄付し、革は膠に、毛は筆や刷毛に……、という循環を何とか創出したいと思っています。

今年のテーマは「色」であるとお聞きしています。

日本では縄文時代以来、「赤」という色を大切にしてきました。赤という色を表現する顔料は「朱」であり、水銀朱をつくるには水銀と硫黄を必要とします(天然朱である「辰砂」と区別されますが、一般的には朱といえば「水銀朱」〈本朱ともいう〉を意味します)。ところが2018年にその原料となる水銀の国際間取引が停止されます。なおかつ今年に入って、全国に2社しかない水銀朱のメーカーが1社に減ってしまった。朱に関して、いよいよ絶滅まで秒読み体制です。

これまで朱を使用した数々の文化財の修復をどうするのか。日本画、漆工芸の行く先は? いろいろな分野にこの問題は派生していきます。2015年は文化庁に、「美術工芸保存修復向けの朱は残して欲しい」という嘆願書を提出しました。結果としては、現在「朱」は除外されています。しかし、今後の課題として、水銀朱の質の向上があります。質の良い天然硫黄が使用されていないのが原因といわれています。

100年後の工芸のために、私たちはどのような取り組みを進めたらよいのでしょう。

私は制作のかたわら30年以上にわたり、顔料、膠などの古い美術工芸の素材をコレクションしてきました。ニッチなジャンルでして、博物館や大学の研究室にも残っておらず、そのコレクションがなければ今回の膠の復刻や水銀朱の提案は不可能でした。

また、これまで日本で優れた「朱」の顔料をつくってきた大阪の方が、今年になって廃業されたのですが、その道具、材料は残っているはず。おそらくレシピも存在しているはずです。イエローリストをとりまとめ、ひとつひとつのアイテムの資料を整理、復刻できる状態にし、次世代の財産として残す必要があります。私たちはいま、それができるギリギリの地点に立っているのです。

正直いって、知らないことばかりでした。

今後、本物の朱や筆や膠の価値は、あまり理解されないまま、合成樹脂や塗料、ナイロンの筆や刷毛に置き換えられていくでしょう。確かにそれらがなくても、人間は生きていけるかもしれません。しかし、後でそれが豊かなものだと気づいても、時すでに遅し……、もう二度と復刻することはできません。

「残すべきだ」という人は多いけど、「残すべき」という意識では残らない。「残したい」という情熱だけしか、頼りにはなりません。より多くのみなさんと「残したい」という気持ちを共有していきたいと思っています。

2016年10月22日、21世紀鷹峯フォーラム in 東京「日本工芸Opening Conversation」にて。

2016年12月13日(火)13時から、六本木ヒルズ・ハリウッドプラザ ハリウッドビューティ専門学校・7階教室にて、絶滅危惧の素材と道具「NEXT100年」成果報告が行われます。
20組のユニークな活動を行っている方々の対話式ブースの出展のほか、16時からは出展者ライトニングトーク・ミニシンポジウムが開かれます。
2017年1月23日(月)10時30分から、国立新美術館にて、絶滅危惧の素材と道具「いま起こっていること 」ミニシンポジウム┼ワークショップが行われます。
絶滅危惧の素材と道具「NEXT100年」@ 六本木ヒルズ

文:永峰美佳
写真:蔵プロダクション http://zohpro.com/