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おとな工芸見分け方講座「茶の湯に見る漆 見どころ・誉めどころ・極めどころ」

おとな工芸見分け方講座
「茶の湯に見る漆 見どころ・誉めどころ・極めどころ」

2017年11月16日(木) @ 金沢市立中村記念美術館・旧中村邸

21世紀鷹峯フォーラム石川・金沢において、2017年11月16日に「おとな工芸見分け方講座 茶の湯に見る漆 見どころ・誉めどころ・極めどころ」が金沢市中村記念美術館・旧中村邸で開催されました。
棗や塗盆、茶の湯の中で使う数々の漆器。良い道具をいかに深く味わい、楽しんだらいいのでしょうか。この「おとな工芸見分け方講座」は、工芸に親しみ、さまざまな工芸品を理解してもらうため、21世紀鷹峰フォーラムのキーワードである「違いのわかる社会をつくる」ことを目的とした講座です。
講師は、石川県内の漆器を中心に販売している「株式会社能作」の岡能久代表取締役会長と金沢漆芸会会長の漆芸家・西村松逸氏。使い手とつくり手の立場から、通と呼ばれる塗り物の見どころや誉めどころ、勘どころを指南してもらいました。

【講師】
●岡能久[株式会社能作 代表取締役会長]
●三代西村松逸[金沢漆芸会会長、漆芸家]

→イベント詳細 http://takagamine.jp/event/5905

 

「『金沢は戦災にあっていないので、お蔵が深い』と言われます。金沢の人は皆、精神的な土蔵を持っています。それが金沢の本物の文化であり、他の街とは違うと思うところです。」と語るのは岡能久氏。金沢はお茶室が日本一多く、人口の3分の1の方がお茶を楽しむ、茶道に大変関心の深い街です。「お茶は総合芸術。香合や硯箱、蒔絵など、お茶室の中では塗り物が何気なく使われています。」と岡氏は言います。

今回の「おとな工芸見分け方講座」のために、使い手の代表として岡氏と西村氏には、茶の湯で使うさまざまな漆器を持ち寄ってもらいました。会場に並んだのは、地元の金沢漆器をはじめ、輪島塗(わじまぬり)、山中塗(やまなかぬり)、根来塗(ねごろぬり)など茶の湯の世界で使用される漆器の数々。その漆器について、西村松逸氏が解説をしていきました。

まずは、木地呂塗(きじろぬり)の棗(なつめ)についてです。「この棗は、ヒノキに漆を単純に塗り重ねていったものです。面の精度を高くするために、研ぎ上げて、磨き上げるという『木地呂塗』という技法を使っています。」「木地が見えるからあまり仕事をしていないのでは?」とよく質問されると言います。しかし、「それはまったく逆」。木に漆だけ塗って、面の精度を上げるということは、木地自体がとても完成度の高い面の精度を持たなければいけません。形を整えるための下地をしていないため、「制作では木地呂塗が一番難しい」と語りました。
朱色の棗は、「木地が赤くなっているだけでのように見えますが、30回くらい塗っています。中は普通に本堅地塗下地をして仕上げています。だから、内側と外側と漆が引っ張る力が全然違います」。片側だけ水をつけた木が反るのと同様に、バランスがちょうど良くなるように仕上げるのが、大変な作業だと言います。

そして、春慶塗(しゅんけいぬり)の棗については、「漆でとても透けたものはないので、それを漆器としてどうつくっていくかというのが、春慶塗の秘伝です。」と解説しました。最初からとても透明度の高い漆をさらに透明度が増すように漆を塗る春慶塗の技法。「漆を独特の方法で精製すると透明度は高くなり、木地がよく透けて見える」と言います。そして、「春慶塗を購入したら、最初のうちはよく油を拭く。拭くことで漆器が育ち、もっと透明度の高いつやつやの漆器に変わっていきます。」と扱い方も説明しました。

次に根来塗のお盆です。黒い下地が透けている部分は、手で持ったり、ものを載せたりして長年使ったために、擦り切れています。それに、木目の高い年輪部分は早く擦れるので、年輪の通りに黒くなります。朱と黒のコントラストと風合いが良く、さまざまな器によく見られる根来塗(ねごろぬり)。古いものを見分けるには、「人為的に朱の部分を少し研いで、下の地を出すという、装飾的にわざと古さを出しているものがあります。その場合、『ここは擦れないでしょう』というところが黒くなっている」とポイントを解説しました。

四つ椀は、「口はある程度薄いけれど、側面から底は分厚い。それは保温性が高くなるし、器自体も丈夫になるから」と特徴を述べました。使いやすいように重ねてコンパクトになるのが、四つ椀の重要な機能。だから、四つ椀はつくり手の立場から言えば、「無理難題がいっぱい」と言います。「素材は木なので、一つひとつ性質が違い、狂いが生じます。下地などいろんな工程を施して、狂いを取りながらやっていく。職人さんは4つのお椀を並べて、高さを測り、違っていたらやり直していました。その意識の高さが安定したものをつくるベースになります」と語りました。

日本の漆器の特徴を、もっと具体的に見分けることができるように、ビルマのお椀を披露し解説しました。「日本のお椀との違いは、日本と東南アジアとは気候風土が違うので、当然使う材料が違ってきます」と言います。素材は「竹」。また特徴としては、日本と比べると高台も高くないので、形が素朴であること。日本の漆はウルシオールという漆の成分が一番多いので、漆としての強度がとても高い。しかし、東南アジアの漆は成分が違うので、漆の乾き方も違い、乾いた後の状態も違う。日本の漆は、刃物が滑るくらい固くなり、東南アジアは弾力性があって柔らかい。「だから、蒟醤(きんま)でも漆を塗って、刃で彫って文様をつける際に、切り口が日本の場合はとてもシャープな線になる。一方、柔らかい漆に刃で彫ると、刃で彫った側面がガサガサとなり、蒟醤独特の柔らかい深みのある文様になります」と西村氏は解説しました。「蒟醤」とは、東南アジアでキンマークというガムのような嗜好品を入れていた器です。日本では、その器を蒟醤と呼び、お茶の世界に取り上げられました。

そして、イチョウの銘々皿。イチョウの木を使う理由は2つあります。まず、大きな材木であること。2つ目は、先ほど解説した根来塗のお盆では、時間が経つと、年輪の夏目のところがやせて冬目のところが飛び上がり削れてしまいます。しかし、「イチョウは年輪の冬目夏目の差が少なくやせも小さい」と解説しました。

「金沢好みの『一閑(いっかん)』という薄い紙を一枚張り、漆を一回塗ったもの」という一閑張の四方盆。また、本堅地塗四方盆(ほんかたじぬりよほうぼん)の端は触ると指が痛くなるくらいに研いであり、金沢の人がよく好んで使うという薄造りの瀟洒な四方盆です。このようにピシッと堅いものをつくるのはとても苦労があると言います。「まずは、側面の太さを一定にする。また、中の厚みを一定にしないと側面の幅が一定にならない。側面の厚みが狂うと対角線が斜めになってしまう。対角線が斜めになると底が四角でなくなる」。こういう要素がすべて集まったのが、四方盆だと言います。そして、「一つ狂うと全部が狂う。木がずっと大人しくしていればいいですが、漆の仕事は水を加えて仕事をしているので、木は動く。どうやって細く薄いものにしていくかは、とても難しい」と苦心を述べました。でも、「これこそが金沢のものづくりの醍醐味であり、見どころです」と語りました。

最後に、岡氏が「名品に重いものはなし」という言葉を取り上げ、金沢漆器について語りました。
「金沢漆器は見た目と重さがとても洗練されています。百万石のお殿様に育てられ、フォルムの美しさを追求した漆器です。金沢には、現代も江戸時代から続いてきた名品の真贋を理解できる人が住んでいます。それらの人達の厳しい目で評価される漆器を作り続けることを店の役割と考えます。何が本物かということを伝えていかなくてはいけません。それは漆器だけではなく、人間の暮らしぶりだと思います。」

その後、受講者たちに今回の漆器を実際に手で持って、その感触を実感してもらいました。「こんなに軽いとは思ってもみなかった」「この盃で飲むとどんなお酒もおいしくなりそう」などの声が上がりました。本物を見て、触って、味わうことのできた今回の講座。キーワードである「違いのわかる社会をつくる」を実践した企画になりました。