インタビュー:柳原正樹

伝統は守るだけでは続かない。
何を加えるか、それを見つけなければ
先には進めないのです。

柳原 正樹

柳原やなぎはら正樹まさき 京都国立近代美術館 館長

1952年富山県生まれ。1978年富山近代美術館の開設準備に携わり、「杉山寧展」(1987年)、「日展100年展」(2008年)などの展覧会を担当。その後、富山県水墨美術館副館長、館長を経て現職。専門分野は日本画および彫刻。主な著書に『二十世紀美術を見る』(C.A.P)など。

「用の美」と「観賞する工芸」の融合

私は手仕事が盛んな富山県で生まれ育ったこともあって、若い頃からとても多くの工芸にふれてきました。学芸員になったばかりの頃には、地元の工芸家のご自宅に蔵書整理の手伝いに通って日本の職人技の奥深さを学ばせてもらいました。
日本には、明治時代になるまで「美術」や「工芸」という言葉はありませんでした。西洋から入ってきた「アート」や「クラフト」という言葉に合う概念が無かったためにつくられたのです。
ずっと長い間、日本人は美術と工芸を区別せずに手仕事を慈しんできました。琳派の絵師たちだって、蒔絵や着物の図案、陶磁器の絵付けなど、描く場所を選ばずに自由に表現活動をしています。昭和、平成と時が経つなかで、日常で使う「用の美」の工芸と、美術館で仰ぎ見る「観賞する工芸」が乖離してしまったようにも思います。この先、100年の工芸を考えるとき、この両者の融合は不可欠といえるでしょう。
21世紀鷹峯フォーラムでは、芸術系大学、美術館、博物館に加え、伝統工芸を担う職人さんたちも連携する画期的な取り組みが実現しました。同じ工芸をテーマに活動していても、研究者や学芸員、職人さんが同じテーブルで議論する機会はこれまでほとんどありませんでした。今回、「オール京都」で工芸を取り巻く諸問題を共有し、議論がおこなえるのは素晴らしいことです。また、美術館、博物館にとっては本フォーラムの運営は4年後に京都で開催されるICOM2019(第25回世界博物館大会)への試金石でもあります。
現在、工芸が抱える多くの問題はいずれも一朝一夕では解決できないものばかりです。大切なのは、まず関係者全員で課題を出し合い、整理し、解決へ向けた方策を議論すること。
工芸には、必ず「伝統」という言葉が付きます。伝統は守るだけでは続きません。伝統に何を加えるか、それを見つけなければ先には進めないのです。本フォーラムを終えたとき、それがひとつでも見つかっていればこの取り組みは大成功といえるのではないでしょうか。

100年(のち)に残る工芸のために

京都で工芸が発展した最大の理由は、ここに都があったからです。天皇家や公家など上流階級からの注文に応じることで技術が高まってきた。最上の品を求める、最上級のお客さんが職人さんを育ててきたのですね。続々と入る注文は技術を向上させ、後継者の流入も促進させる。新しい道具や材料だって次々と生産されます。京都の工芸は1,000年以上もの間、こうした循環に支えられてきました。現在はほぼ失われてしまったこの循環をもう一度立て直すには、買い手、使い手の所在と関係性をあらためて定義することが必要です。本フォーラムでの議論および、関連プロジェクトとして開催される「つくるフォーラム」は、その解決策を探るための挑戦です。
これまで職人さんたちが直面している苦しい現状について、あまり語られることはありませんでした。道具や材料の枯渇、流通の変化、後継者問題……。簡単には解決できない問題が山積みで、職人さんたちはジリ貧といってもいい状況です。手仕事を受け継ぐのは大切なことですが、同時にその環境整備も進めなければ諸問題は残ったままになる。なかでもお金の話となるととかく憚られることが多いですが、「職人さんがどうやって稼ぐか」という直接的な問題にも向き合っていきたいと考えています。
後継者を育て、高品質な道具や材料を仕入れるだけの余裕があってこその継承ですし、そこから目をそらしてはいけません。本フォーラムでは、関係者全員が腹を割って話し合い、いま困っていることをすべて俎上にのせたいと考えています。
本フォーラムが、日本の手仕事に関心を寄せるみなさんにとって、新たな気付きの機会となればうれしく思います。