京都大学総合博物館准教授 塩瀬隆之

工芸の未来を、ひとりひとりが自身の問題としてとらえることが大切

塩瀬隆之(しおせたかゆき)

塩瀬しおせ隆之たかゆき
京都大学総合博物館 准教授

京都大学工学部精密工学科卒業、同大学院修了。博士(工学)。京都大学総合博物館准教授を経て2012 6月退職。同7月より経済産業省産業技術環境局産業技術政策課技術戦略担当課長補佐。20147月京都大学総合博物館准教授に復職。共著書に、「科学技術Xの謎」「インクルーシブデザイン」など。日本科学未来館おや?っこひろば 総合監修者。NHK Eテレ「カガクノミカタ」番組制作委員。中央教育審議会初等中等教育分科会「高等学校の数学・理科にわたる探究的科目の在り方に関する特別チーム」専門委員。

工芸におけるダボス会議

12015年12月6日に国立京都国際会館で開催された21世紀鷹峯フォーラム in 京都のメインシンポジウムは、さまざまな立場で工芸に携わっている方々が一堂に会して、まさに工芸におけるダボス会議のような空気でした。
これまで、工芸の問題点はさまざまな場所で断片的に語られていましたから、今回のように多くの関係者が同じ場所で議論をすることは画期的なことでした。
いま、工芸がおかれている状況の全体像を見渡すには、まず関係者全員が互いになにをしているか、ということを知るところから始めなければなりません。これまでの工芸についての議論は、つくり手やつかい手、担い手が分断されていて多面的な視点がなかったように思います。

2情報伝達・コミュニケーションの専門家としての立場としては、議論を始める前の言葉の定義付けを大切にしたいと思っていました。
今回、「100後(のち)に残る工藝」について話し合うにあたって、「協力」や「連携」という言葉の意味を少しでしたが確認し合えたことは大きな成果でした。
政治でも経済でも学問でも、言葉が持つ意味をちゃんとクリアにしてから一歩前に進むことが効率的な議論を生みます。それは、議論に参加する方々が当事者意識を持つということなんです。工芸が残っていくための方策を「誰かが考えてくれる」のではなく、ひとりひとりの方が、自身の問題としてとらえることにつながります。

「残る」「残れる」「残そうとする」。これらは同じようでまったく違います。当事者が残そうと努力しなければ、なにも残らないんです。ほかの産業も同様です。伝統的な工芸が現在まで残ってきたのも、先人がこうした努力を重ねてきたからだと思います。

今回、100年という長い時間を考えるにあたっては、参加者全員で意識を共有することが大きなテーマでした。「3年後もなんとか生き残りましょう」という短期的な課題ではないからこそ、しっかりと現在と未来を見つめる必要がありました。メインシンポジウムで議論され、課題にあがった内容が、今後も広く社会で考え続けられることを期待しています。

こども未来工芸

2015年12月1日に[こども未来工芸ワークショップ —うるし編—]を開催しました。この取り組みは、小学4年生を対象として「工芸について関心を持ってもらう」ことに主眼をおきました。こどもたちにとって「工芸は大切だから残すべきだ」と言われても実感がありません。こどもたち自身が「残したい」と感じるような体験の場にしたいと考えたんです。

3ワークショップでは、漆塗の重箱にお菓子を詰めるという内容にしました。重箱の蓋を開けたときの驚き、喜び。これは経験していなければわからないものです。伝統的にハレの日の大切な装置として受け継がれてきた重箱ですが、現在はお正月でも使う家庭は少なくなりました。わたしたち大人も、もし工芸に触れる機会に恵まれない幼少期を過ごしていたとしたら、「残したい」と心の底から思うことができたでしょうか。

工芸品に限らず、使わないものは次世代に残りにくい。見たことがない、経験したことがないものはなおさらです。漆器や重箱がある暮らしをこどもたちにとって他人事にしてはいけない。こどもたちは、漆のことはなにも知らなくても「これは素敵だな」と感じてくれたら、重箱が、漆塗りの文化が残り続けるきっかけになると思います。

工芸のあり方を考え続けるスタート地点に

これまで、工芸の世界は「知っている人」と「知らない人」を分けたままにしてきたのかもしれません。

たとえば、近年では多様な人が多様なまま参加できるインクルーシブ社会が求められていますが、その真意は「知らない人」を「知らされていなかった人」「知る機会が得られなかった人」ととらえることです。そしてその人を「知っている人」に変える務め、工夫をこらすこと。この発想は、工芸の魅力を伝えるうえで大きなヒントがあります。

工芸の魅力が伝わらないのはその人が知ろうとしなかったのではなく、工芸関係者の側に魅力を伝える工夫がまだいろいろと挑戦できる余地があるのだと思います。

 

21世紀鷹峯フォーラム in 京都ではじまった議論は、これから東京、金沢でより深くなっていくでしょう。今後はさらに多くの方々が議論に参加し、この取り組みが将来の工芸のあり方を考え続けるスタート地点になることを願っています。